息子に会いたい

21歳の息子に先立たれてしまった母

誰かに頼られること

昨日、娘とふたりでウエディングドレスを見に行った。


ずらーっと並んだ色とりどりのドレスはどれもきれいで、見ているだけでもウキウキする。


華やかに見えるドレスでも、実際に着てみるとパッとしなかったり、あまり似合わなかったりする。
娘は、色も形もそれぞれ違うのを7着試着して、その中から2着を選んでキープした。


次の土曜日にもまた別の店に、今度は彼とふたりで見に行くことになっていた。


今日、彼に昨日来たドレスをスマホで撮ったのを見せたら、どれを見ても
「ええやん」
という反応だったらしい。
男の人の反応ってそんなものなんだろうなとは思うけど、娘は今度見に行った時にも、どれを着てもそんな反応だったら困ると思ったらしく、また私にいっしょに行ってほしいと頼んできた。


娘と出かけることも、ドレスを見に行くのも楽しいのだけと、何より娘に頼られたことが嬉しかった。




息子にとっては、私は頼りにならない母親であったんだと、ずっとそう思っていたから。
今もそう思っているし、一生その思いは消えることはないのだろう。




だから、どんな些細なことでも娘に頼られると嬉しくなる。

息子に会えなくなってからの辛くて苦しい2年4ヶ月を生きていてよかったと、そう思えた。




心配

昨夜のテレビ「しくじり先生」で、北村弁護士が 「痴漢冤罪で有罪になるのを回避するための授業」というのをやっていた。


電車やバスだけでなく、ただ夜道を歩いていただけで痴漢の容疑をかけられてしまうこともあるらしい。

何もしていなくても、痴漢で起訴されたら有罪になる確率は99%になるそうだ。


それを見ながらふと思い出した。


以前、痴漢冤罪のニュースを見た時に

「満員電車とかで痴漢に間違われないように気を付けた方がいいよ」

と、息子に言ったことがある。


「手をなるべく上の方で腕組みして立つようにしてるから大丈夫やで」

って答えていたけど。


いつ、どこで、どんなことに巻き込まれるかわからない。

それが心配で。



もうそんな心配をする必要もないんだと思うと、急に悲しみがこみ上げてきた。






息子は本当に今、あっちの世界で幸せなのだろうか。



そんな心配も無用なのかな。

どうしようもない気持ち

8月26日は夫の9回目の命日。


もう35年ほど前のことだけど、夫に結婚しようと言われた時、夫は「俺は不死身やからな」と言った。
そんなことはあるわけないのだけど、その時は、きっと本当に不死身に違いない、この人は私を残して先に逝くことはないとなぜかそう感じた。


結婚して24年、夫は亡くなった。


不死身だって言ったのに。


病気でだったけど、もっとやさしくしてあげれば、ああすれば、こうすればよかったと、自分を責めた。
思い出すたびに苦しかった。


息子が旅立ってからは、もちろん忘れてはいないけど、夫のことはあまり思い出さなくなった。
息子への思いが強すぎて、息子を失った喪失感があまりにも大きすぎて。


「おはよう」も「おやすみ」も、「行ってきます」も「ただいま」も、息子の写真を見ながら言う。
ご飯もお菓子を供えるのも、息子を思いながら。


時々、申し訳なくて夫に謝る。


今日も思うのは息子のこと。
明日も明後日も、たぶん夫の命日でも、会いたいと思うのは息子。


どうしようもないこの気持ち。


夫に会いたくないわけじゃない。


息子に会いたい。


ただそれだけ。